私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『奉教人の死』 芥川龍之介

2008-09-13 20:26:55 | 小説(国内男性作家)

芥川は殉教者の心情や、東西の異質な文化の接触と融和という課題に興味を覚え、近代日本文学に“切支丹物”という新分野を開拓した。文禄・慶長ごろの口語文体にならったスタイルで、若く美しく信仰篤い切支丹奉教人の、哀しいが感動的な終焉を格調高く綴った名作『奉教人の死』、信仰と封建的な道徳心との相剋に悩み、身近な人情に従って生きた女を描く『おぎん』など、11編を収録。
出版社:新潮社(新潮文庫)


「切支丹物」という縛りで11の短編が収められている。その共通のモチーフに対するアプローチから芥川のキリスト教に対する考えがうかがえて興味深い。
読後の全体の印象としては、芥川はキリスト教という西洋の価値から、日本人の思想や西洋の価値と関わった人間の姿を描き出そうとしているように見えた。そしてキリスト教に携わった人間の心理、行動、信念に芥川は興味があったのだろう、という風に感じられた。だが多分宗教としてのキリスト教には懐疑的だったのだろう、という気がする。そこが理知的な印象の強い作者のイメージと非常にマッチしている。

作品はそれぞれ文体が異なっており、読んでいてもおもしろい。
文体一つ変わるだけで、作品の印象や世界観がまったく異なり、それぞれに独自の味を生み出しているように思う。
それを端的に表しているのが「きりしとほろ上人伝」だろう。
この小説で使われている古典口語体の文章にはリズム感があって、非常にテンポよく読める。それにエジプト近辺が舞台の作品を、日本を舞台に翻案したかのように描くセンスは実にユニークだ。芥川の才能をまざまざと見せつけてくれる作品と言えるだろう。

文体にプラスして、ストーリーも楽しめる作品がここにはそろっている。
たとえば表題作の「奉教人の死」。
一度読んだことがある作品で、どんでん返しのオチはわかっているのだが、それでもいまだに楽しめる。「ろおれんぞ」の「しめおん」に対する心理も仄かに垣間見えるようだし、自己犠牲の精神も美しい。
もちろんそれを楽しめるのは、やはり芥川の文体の力もあることは確かだ。語りかけるような口調からは勢いが生まれ、そこから説法を聞くような格調高い雰囲気すら伝わってくる。実に優れた作品だと思わずにいられない。

そのほかの作品もすばらしい作品が多い。
「神神の微笑」の日本人の本質を突く意見に、にやりとさせられる。
「おぎん」に出て来る棄教の姿は胸を打つ。それは人に責められることがあるかもしれない行動だが、崇高な勇気ある意志を見るようで感動的ですらあった。
「おしの」には西洋と東洋の相克、思考法の違いを見るようで興味深い。

それ以外にも、芥川らしいアイロニカルでユニークな視線を感じる作品が多く、楽しんで読むことができる。
芥川龍之介のセンスを感じ取れる作品集といえよう。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

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